私のお気に入り

まほろばの里~田園空間博物館~

掲載日:2008-12-09

案内人:小見川区・久保谷 勝志

まほろばの里案内所
(まほろばの里案内所)

縄文時代中・後期頃の貝塚(国指定の史跡)がある阿玉台・良文地区へ歴史散策に出かけてみましょう。この建物が平成20年4月に完成オープンした、香取市小見川区貝塚にある「まほろばの里案内所」です。

案内所入り口
(案内所入り口)

場所:香取市貝塚1767-1(小見川南小学校から500m)

開館時間:9時から16時

休館日:月・火曜日(国民の祝日に当たるときは、翌日)・年末年始

展示室には、貝塚から出土した土器や古代人が食べたものや、農家で使ってきた昔の農具等が展示されております。案内人さんにまほろばの里の散策コースやその歴史を聞いてから出掛けるとよいでしょう。

縄文式土器
縄文式土器

田村式麦播機
田村式麦播機

田村市太郎氏(故人)
田村市太郎氏
(故人)

香取市八本出身者の田村市太郎(故人)さんが考案製作した麦播機です。話は70数年前のことで、麦の種播きをいかにしたら等間隔に、しかも二条播きが出来るかを考えて製作した優れものです。当時の香取郡農会から発行された、考案証明書が保存されています。多くの農家で使用され、いまも使われているようです。

主な歴史の施設

など、まほろばの里案内所から1km四方の範囲に多くの史跡や田園空間が見られるでしょう。

香炉形顔面付土器
香炉形顔面付土器

良文(村)貝塚
良文(村)貝塚

阿玉台の丘陵から西に約2km先に行くと、山田区の府馬丘陵に着きます。その場所にも同じ田園空間整備事業で整えられた「府馬大クス展望公園」があります。足をのばしてみてはいかがですか。


2010年「ゆめ半島千葉国体」

掲載日:2008-10-23

案内人:小見川区・久保谷 勝志

この場所が、2010年「ゆめ半島千葉国体」のボート競技場になります。

黒部大橋付近
(黒部大橋付近)

この小見川ボート場は香取市阿玉川2266番地の地先に位置し、黒部川に架かる黒部大橋付近がボート競技場になります。

(右の写真)昭和48年若潮千葉国体から、37年ぶりの開催になるようです。

この場所には小見川高校のボートの艇庫があり、ボート部の生徒が元気な掛け声で練習しています。

小見川高校生の練習
(小見川高校生の練習)

1本のオールで漕ぐスイープ種目の舵手つきフォア(漕ぎ手4人と舵手1人)と、2本のオールで漕ぐスカル種目の舵手つきクォドルプル(漕ぎ手4人と舵手1人)、ダブルスカル(漕ぎ手2人)、シングルスカル(漕ぎ手1人)の4種目があります。

各種目男女とも距離1,000mで、判定所のある反対側から1、2・・・の順に並んだ6コースの水路で競技が行われます。


昔が偲ばれる建物(ちば醤油小売店舗)

掲載日:2008-09-21

案内人:小見川区・久保谷 勝志

ちば醤油の小売店(昔を偲ばせる建物)
ちば醤油の小売店(昔を偲ばせる建物)

ちば醤油(イリダイ醤油)は、今から150年前(1854年)、浦賀にペリーが来航した翌年に、大村屋商店として小見川で醤油の製造をはじめました。

利根川の舟運で栄えた小見川河岸(黒部川)の中心に醤油工場がありました。

昭和39年に大村屋と旭市の飯田本店と合併し、ちば醤油が誕生しました。生産しているものは、醤油・たれ・つゆなどの調味料と白瓜(しろうり)の漬物(小舟漬)の生産・販売をしています。この小売店の建物(旧本社)は130年前の建築で、横に袖蔵(そでくら)(醤油蔵)があります。

工場は昭和46年に小見川西地区の工業団地に新設し移転しましたが、この建物はしばらく本社事務所として事務を執っていました。その後事務所も新工場内に移転しましたので、自社製品の小売店舗とし営業しております。

町中を流れる黒部川
町中を流れる黒部川

お店の目の前が町中を流れる黒部川です、鉄道が小見川に開通したのは昭和6年でした。それ以前は東京(江戸)への大量な物資の運搬は車と船にたよるしかありませんでした。この川の荷揚げ場(だし)から船に醤油樽を積み込む姿が有ったのは遠い遠い昔になりました。

利根川の舟運で栄えた河岸で現在も醤油の生産をしているところは、銚子市でヒゲタ・ヤマサ 醤油、東庄町で入正醤油、香取市小見川でちば醤油、野田市でキッコーマン醤油そして、館林市 で正田醤油があります。


松尾芭蕉の句碑

掲載日:2008-8-20

案内人:小見川区・久保谷 勝志

古くからある小見川区内の芭蕉句碑を見てきました。

清水寺の碑

一つ:清水寺(せいすいじ)香取市虫幡1237

「観音の甍見やりつ花の雲」

芭蕉

虫幡の高台に、子育て観音で知られる天台宗の古刹清水寺があ る。立派な本堂の左手前に、高さ128センチ、幅85センチの根 府川石が、高さ20センチの台石の上に立っている。

建立は明治15年(1882年)である。

金刀比羅神社の碑

二つ:金刀比羅神社(香取市小見川641)

「時雨るるや田のあら株のくろむほど」

芭蕉

大根塚道ノ下の黒部川沿いに、文化2年讃岐金比羅宮より勧請 された神社で、農業殖産・漁業航海の神徳を持つ神を祀っていま す。句碑は高さ170センチ、幅130センチの句碑が、高さ26セ ンチの台石の上に立っている。

建立は明治20年(1887年)である。

弁天宮の碑

三つ:弁天宮(香取市小見川492)

「明ぼのや二十七夜もみかの月」

はせを(芭蕉)

町中を流れる黒部川の湖畔(北下宿)に水神宮があり、その小 さな鳥居脇の右側に、川に向って芭蕉句碑が立っている。

高さ140センチ、幅92センチの根府川石である。

建立は文政末から天保初期(1825~1835年)と推定。


清水寺
清水寺

金刀比羅神社
金刀比羅神社

弁天宮(水神宮)
弁天宮(水神宮)


昔ながらの森を未来に残そう!

掲載日:2008-7-26

案内人:小見川区・久保谷 勝志

小見川竹炭研究会(千葉県里山活動認定団体)のみなさん

竹炭の窯入れ作業
竹炭の窯入れ作業

香取市岡飯田にある竹山を訪ねてきました。竹炭を作る窯に、手を加えた竹材を入れる「窯入れ」の作業中でした。現在この小見川竹炭研究会には、30名程の会員のみなさんが参加しています。(竹炭と竹酢は多方面に効用されています。)

この他に、竹材を使っての「竹細工教室」{花器・飾り物・紙(水)鉄砲・笹の葉で昆虫作り等}や付近の里山での自然を満喫しながらのそうめん流し等の催しやほたる観察などの活動もしております。

竹細工の作品
竹細工の作品

会長・武崎さんの竹山
会長・武崎さんの竹山


千葉県立水郷小見川少年自然の家での
「やさしいカヌー」

掲載日:2008-6-25

案内人:小見川区・久保谷 勝志

小見川少年自然の家
水郷小見川少年自然の家

長い名前の施設です、「千葉県立水郷小見川少年自然の家」には構内にカヌーを浮かべることが出来るプール(ミニハーバー)があります。ミニハーバーは半ドーナツ形を少し大きくしたもので、ここに一人乗りと二人乗りのカヌーを浮かべて乗れます。6月1日(日)は一般公開日でしたので大半が親子ずれの人たちで、120名程が参加してくれました。

ライフジャケットと子供さんはヘルメットを着けて乗ります。カヌーを漕ぐ櫂(パドル)をうまく使いこなすのに多少時間がかかります。少し上達すると黒部川に出てミニツーリングを楽しめるコースもあります。


水郷おみがわふな釣り大会

掲載日:2008-6-2

案内人:小見川区・久保谷 勝志

釣り
黒部川ふれあい橋付近(前方の橋は黒部大橋)

5月25日(日曜日)
あいにくの天気の中でしたが、第27回の水郷おみがわふな釣り大会が行われました。

早朝5時半受付開始の頃は大雨でしたが、6時開始の合図で参加者137名(一般男性135名・女性0名・子供2名)が、黒部川と小堀川の指定された範囲内のお好きなポイントに入り、昨夜準備した仕掛けを竿につけ釣り開始です。途中雨も小降りになりました。

14時検量です。昨夜からの雨で水位も高く濁りがありましたが、参加137名のうち釣果があった人がなんと107名ありました。10匹総重量一位の方(小見川区)の釣果は7Kgでした。大物賞は42cm(へらぶな)でした。 主催は水郷小見川観光協会・共催として香取市・小見川銀鱗会の皆さんの協力を得て無事終了しました。

釣果上位者の表彰式


黒部川と利根川そして常陸利根川を結ぶ
阿玉川閘門と小見川閘門

掲載日:2008-5-15

案内人:小見川区・久保谷 勝志

閘門
(黒部川側ゲート)閉

閘門
(利根川側ゲート)開

閘門の役目は、「運河・河川などの、水面に高低差のある場所で、水面を昇降させて船を行き来させるための装置。閘室とよぶ前後を扉で仕切った水面に船を入れ、扉の開閉によって水位を昇降させてのち、一方を開いて船を進める。」とあります。

現在の阿玉川閘門(黒部川―利根川)が竣工したのは昭和34年9月でした。 今は電動式鋼製ローラーゲートを開閉し、船舶の行き来が安全にしかも水位差による流れに左右されずに通過できるようになりました。

合掌式水門
以前の合掌式水門

それ以前は合掌式水門(鉄扉)で、しかも手動で開閉したそうで す。利根川の上流部で大雨が降ったり、台風が近づくと消防団員の 力を借りてハンドルを回し、水門を閉めました。

(東庄町の河口堰が出来る以前は、利根川の塩分上昇があると稲作に影響しますので水門を閉めたそうです。)

小見川閘門(利根川―常陸利根川)は、昭和38年7月に竣工しました。

小見川大橋が昭和48年に開通しましたので、それ以後は小見川と息栖・高浜間の町営渡船が廃止となり、また舟で対岸の田んぼに物を運ぶ情景も見られなくなりました。現在この閘門を通過する船は、漁業船と釣舟・レジャー船の行き来が主になりました。

閘門の周辺は絶好の釣り場ですが、子供だけで行くことは危険ですので注意してください。


東京順天堂医院を開設した名医
―― 佐藤尚中(山口舜海[しゅんかい])誕生の地

掲載日:2008.5.1

案内人:小見川区・久保谷 勝志

佐藤尚中誕生の地
尚中誕生の旧宅跡の内浜公園

現在、内浜公園(香取市小見川450-1)になっている場所が尚中の誕生の地です。文政10年(1827年)小見川の内浜で、小見川藩一万石内田候の侍医山口甫遷[ほせん]の次男として生まれました。

舜海16才の時、シーボルトの弟子であった蘭方医佐藤泰然の門に入った。師と共に佐倉藩主堀田正睦[まさよし]の招きにより佐倉に移り、そこで泰然の養子となり佐藤尚中と改名しました。

34才の時に長崎に留学し、ポンペ(オランダ人医師)に就いて蘭学を学び、外科手術には特にすぐれた技量を示しました。2年間の留学を終え佐倉に帰り、佐倉順天堂の経営にあたりました。

佐藤尚中
佐藤尚中の写真

明治2年(1869年)43才の時には、大学東校(後、東京大学医学部)の主宰として迎えられ、大学大丞大博士大典医[だいがくだいじょうだいはかせだいてんい](大学総長・日本で唯一の大博士・明治天皇の侍医頭)となりました。※(写真の奥に立っている記念碑に明記されている)

明治6年(1873年)すべての官職を辞めて後、民間人の病院である東京順天堂医院(現・順天堂大学)を建て、医学界に多大な功績を残しました。

明治15年(1882年)56才で他界した。この誕生の地は尚中の甥にあたる山口翁助[おうすけ]が東京に転居する明治23年まで続いた。


境宮神社(通称うぶすなさま)の十二座(面)神楽

掲載日:2008.4.10

案内人:小見川区・久保谷 勝志

境宮神社の神楽殿
境宮神社の神楽殿(3月23日・日曜日)

鎮座地は、成田線水郷駅より南1.8キロ香取市一ノ分目字小室台532番地の丘陵地にあります。

この神社のお神楽は、昭和43年を最後に20年間伝承が途絶えた時期がありました。

「江戸時代から200年もの間、連綿と受け継がれてきた伝承芸能を、自分たちの代で失って、子どもたちになんて言い訳できる・・・」

これがすべて。再興へ向けて動き出した全員の気持ちだったようです。

昭和60年から再興に向けての練習が始まり、途中幾度となく苦渋を味わうこともあったが、その努力が実り昭和63年3月27日、遂に奉納の日を迎え、十二面の舞を復活した。この事をお話しておきます。

境宮神社の社名については旧小見川町が古代、海上郡の領域にあった頃、本社が香取郡と海上郡との境にあったことから名付けられたと伝えられている。

※3月23日(日)12時から始まりました、集まった人たちの半数はこどもたちでした。


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私たちの大切な乗りもの「富田の渡船」

掲載日:2008.4.1

案内人:小見川区・久保谷 勝志

富田の渡船・おみがわ丸

小見川大橋が開通したのは昭和48年8月でした。

それから35年経ちましたが富田の渡船は、いまも毎日朝7時から夕方5時まで、ほぼ一時間おきに運行しています。利根川の川向こうの新田地区に住む私たち児童・学生とくに小学生の通学にはなくてはならない交通手段です。(富田の渡船・おみがわ丸)新田地区(富田・三ノ分目・一ノ分目)には小見川北小学校利北分校がありますが、高学年の5.6年生は本校の小見川北小学校へ通います。また、中高校生や富田の病院に通うお年寄りが乗るようです。

この渡船の運航管理は、北地区渡船組合が行っています。現在のおみがわ丸の船長さんは小川さん(72才)です。小川さんにお話を聞きました、「6年目になりますが、毎朝会う12名ほどの子供たちの顔を見ると元気をいただく」そうです。

利用金額表(片道料金)

大人
80円
自転車
100円
バイク
120円

運行時間(富田地先発)

  1. 7:15~9:00 随時
  2. 10:00
  3. 11:00
  4. 12:00
  5. 14:00
  6. 15:00
  7. 16:00
  8. 17:00

富田と富田新田の発着所の川幅は350m(所要時間5~6分)ほどあり、対岸にお客さんが居ると白旗が立つそうです。富田の渡船場から小見川大橋までは2kmほどの距離があります。


水の郷ふれあい橋

掲載日:2008.4.1

案内人:小見川区・久保谷 勝志

水の郷ふれあい橋

水の郷ふれあい橋は平成10年3月に開通しました。

場所は黒部川と利根川本流との閘門である阿玉川水門に通じる水路に架かっている橋です。

ふれあい橋の概要ですが

の橋で、近くにある県立水郷小見川少年自然の家の半球面体の建物(プラネタリウム棟)とマッチした光景を形成しています。

この橋が出来たことで、黒部川沿いと利根川の堤防を一周するウォーキングコースになっており朝・夕には多くの方が歩いています。※ふれあい橋は車は通れませんので・・手前に駐車して歩いてください。

橋には照明装置が備えられており、各種水上スポーツ大会が開かれる夏にはライトアップも予定されています。また、この周辺は絶好な釣場としても人気のある場所です。

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